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Chizuko Masuda  アトリエ ベリッシマ主宰

 

オートクチュールのアトリエや洋裁店を主宰する叔父や、叔母に影響を受け、

ファッションに興味を持つが、

ディオールやシャネルを愛する一方で、ロンドンパンクの影響をどっぷり受ける。

東京モード学園を基礎科にあたる服装学部を終了後、

高校時代に夏期講座を受けて以来憧れていた、長沢 節先生のセツモードセミナーに入学。

 

ヨーロッパのデザイナーのように、立体裁断で美しいドレープの服をデザインできるようになりたいと思い、

美智子皇后陛下のお衣装や、紀宮様のウェディングドレスを手がけられた植田いつ子先生のアトリエへ入所。

その後、オートクチュールで学んだ経験を生かせるブランドという事で、

コレクションを発表していた、アマゾン・ジャパンに入社。

長年レノマのチーフデザイナーを務めた民部律子氏のアシスタントデザイナーとなる。

プリントやテキスタイルにこだわりを持ったブランドで、

毎シーズン美しいオリジナルプリントを製作する過程を学ぶことが出来、

それ以降オリジナルプリント等テキスタイルデザインにも携わる。

 

デザインのみ担当するデザイナーではなく、一人で完結する作品を作りたいという思いが強くなり、

近藤れん子先生の東京立体裁断研究所に入所。パリ、バレンシアガ仕込みの立体裁断を学ぶ。

その後、他のクラスに通われていたコーディネーターからお誘いを受けた縁で東京スタイルに入社。

いずれは独立するつもりだったので、

今までのこだわりの物作りとは違ったビジネスとクリエイションのバランスを学ぼうと思う。

もともと好きなアイテムだった事もあり、ドレス(ワンピース)担当のデザイナーになる。

夏の最盛期には、伊勢丹本店のドレス売り場で1番売れるドレスを作る事が義務づけられる。

 

習い事をする時間なんて全くなかったけれど、

あまりに仕事ばかりでやけになり以前から習いたかったフラメンコとイタリア語(?)を始める。

何故かというと、イタリア語は好きだったから、

フラメンコは切実なDNAの欲求。

未だに大きな声で「好きだ~!」とは言えない。でも止めようと思った事はない。

 

阪神淡路の地震やサリン事件のあった年、独立。

厄年の上に大殺界をものともせず、

カメのあゆみでアトリエ ベリッシマをはじめる。

 

初めてのフラメンコの発表会に際し、

よそに欲しいような衣装が全くないことに気付き、

スペイン製と称して国内産の衣装がとんでもない値段で売られていることに義憤を感じ、

フラメンコ衣装を作り始める。

 

もともとフラメンコ衣装を作ろうとは決めていなかったので、

ブランド名は、何故かずっと習っているイタリア語。

スペイン語になおし損ねて今まで来ましたが、カテゴリーにこだわらず創りたい物を創ると言うことで、

もう今となってはこのまま行くつもり。

未だにスペイン語は殆ど出来ない、イタリア語をちょっとだけしゃべる変な日本人だと思われている。

 

 

 

atelier BELLISSIMA



人によっては、フラメンコらしくないと思われるかも知れません。

プライスもあまり安くはありません。

フラメンコらしい衣装、
お手ごろなものは、他に素敵なものがたくさんあります。


ちっちゃな アトリエ ベリッシマ
としては、

“品があること”


“ちゃきちゃきっ”としてること

“愛嬌がある”

そしてもちろん

“踊りやすい”ことをめざした
華のある衣装 を作っています。

以前、企業デザイナーだったことから、

レース、プリント、衣装用の生地だけでは無いあらゆる素材を駆使しています。

貴方の動きに寄り添い、飾りあげるシルエットの美しい衣装です。



こんな衣装、次のソロでは着たいんだけど…

なんて、思いをお持ちの方、ぜひご相談下さい!

 



 

 


 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Profile – atelier Bellissima custom orders アトリエ ベリッシマ〜クチュール仕込のフラメンコ衣装〜 コンテンツに進む

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Chizuko Masuda  アトリエ ベリッシマ主宰

 

オートクチュールのアトリエや洋裁店を主宰する叔父や、叔母に影響を受け、

ファッションに興味を持つが、

ディオールやシャネルを愛する一方で、ロンドンパンクの影響をどっぷり受ける。

東京モード学園を基礎科にあたる服装学部を終了後、

高校時代に夏期講座を受けて以来憧れていた、長沢 節先生のセツモードセミナーに入学。

 

ヨーロッパのデザイナーのように、立体裁断で美しいドレープの服をデザインできるようになりたいと思い、

美智子皇后陛下のお衣装や、紀宮様のウェディングドレスを手がけられた植田いつ子先生のアトリエへ入所。

その後、オートクチュールで学んだ経験を生かせるブランドという事で、

コレクションを発表していた、アマゾン・ジャパンに入社。

長年レノマのチーフデザイナーを務めた民部律子氏のアシスタントデザイナーとなる。

プリントやテキスタイルにこだわりを持ったブランドで、

毎シーズン美しいオリジナルプリントを製作する過程を学ぶことが出来、

それ以降オリジナルプリント等テキスタイルデザインにも携わる。

 

デザインのみ担当するデザイナーではなく、一人で完結する作品を作りたいという思いが強くなり、

近藤れん子先生の東京立体裁断研究所に入所。パリ、バレンシアガ仕込みの立体裁断を学ぶ。

その後、他のクラスに通われていたコーディネーターからお誘いを受けた縁で東京スタイルに入社。

いずれは独立するつもりだったので、

今までのこだわりの物作りとは違ったビジネスとクリエイションのバランスを学ぼうと思う。

もともと好きなアイテムだった事もあり、ドレス(ワンピース)担当のデザイナーになる。

夏の最盛期には、伊勢丹本店のドレス売り場で1番売れるドレスを作る事が義務づけられる。

 

習い事をする時間なんて全くなかったけれど、

あまりに仕事ばかりでやけになり以前から習いたかったフラメンコとイタリア語(?)を始める。

何故かというと、イタリア語は好きだったから、

フラメンコは切実なDNAの欲求。

未だに大きな声で「好きだ~!」とは言えない。でも止めようと思った事はない。

 

阪神淡路の地震やサリン事件のあった年、独立。

厄年の上に大殺界をものともせず、

カメのあゆみでアトリエ ベリッシマをはじめる。

 

初めてのフラメンコの発表会に際し、

よそに欲しいような衣装が全くないことに気付き、

スペイン製と称して国内産の衣装がとんでもない値段で売られていることに義憤を感じ、

フラメンコ衣装を作り始める。

 

もともとフラメンコ衣装を作ろうとは決めていなかったので、

ブランド名は、何故かずっと習っているイタリア語。

スペイン語になおし損ねて今まで来ましたが、カテゴリーにこだわらず創りたい物を創ると言うことで、

もう今となってはこのまま行くつもり。

未だにスペイン語は殆ど出来ない、イタリア語をちょっとだけしゃべる変な日本人だと思われている。

 

 

 

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人によっては、フラメンコらしくないと思われるかも知れません。

プライスもあまり安くはありません。

フラメンコらしい衣装、
お手ごろなものは、他に素敵なものがたくさんあります。


ちっちゃな アトリエ ベリッシマ
としては、

“品があること”


“ちゃきちゃきっ”としてること

“愛嬌がある”

そしてもちろん

“踊りやすい”ことをめざした
華のある衣装 を作っています。

以前、企業デザイナーだったことから、

レース、プリント、衣装用の生地だけでは無いあらゆる素材を駆使しています。

貴方の動きに寄り添い、飾りあげるシルエットの美しい衣装です。



こんな衣装、次のソロでは着たいんだけど…

なんて、思いをお持ちの方、ぜひご相談下さい!